文章に時代の気分を取り入れる~世界は今、遊びたがっている

「最近、若ぶってる。
というか、
若いと思っているところが
気に入らない」
 
 
この前、買ったばかりの
ワークブーツを履いて出かけた時、
妻に因縁をつけられました。

 
 
最近、着るものも明るい色が多いですし、
妙にソウ状態の時が多いのです。
 
 
ですから、妻の言うこともわかります。
 
 
なのですが、
そんな現象は私だけなのかな?と
思っていたら
 
 
世界中が同じように
変わりつつあるようなのです。
 
 
なぜそれがわかるのか?
 
 
それはファッションショーを
見ればわかります。
 
 
「文章書くのに、
ファッションショー見ろ?」
 
 
そうです。
 
 
もしあなたが時代の気分を
文章に取り入れたいなら
ハイブランドのファッションショーを見て
人々の気持ちを先取りしましょう。
 
 
もともと服が好きだったのですが、
ここ何年かは全く興味がなくなり
すっかり疎遠になっていました。
 
 
ところが、
フェイスブックのニュースフィードで
ファッションショーが
丸ごとyoutubeで公開されているのを
知ってからよく見ています。
 
 
それで気づいたのが
ファッションとは、
デザインがどうとかではなく、
人々の気分を映す鏡であることです。
 
 
ただし、デザイナーは先行して
考えているのでブレはあります。
 
 
なのですが
変化はよくわかります。
 
 
変化にはヴァージョンアップ型と
チェンジ型がありますが
今年はそのチェンジ型です。
 
 
例えば、私が注目しているのは、
 
 
グッチ、プラダ、
ルイヴィトン、エルメスなど、
トレンドセッターといわれるブランドです。
 
 
これらは買えませんし、
私の趣味と違いますので
好き嫌い関係なしの定点観測ブランドです。
 
 
(個人的には世界的ブランドというと
コムデギャルソンは若い頃、
好きなブランドだったので
思い入れがあります。
 
 
このブランドも時代を見るのがうまいです)
 
 
中でも特にグッチはデザイナーが変わった
(変えられた)こともありますが
 
 
「こんなにイメージ
変えてしまっていいの?」というぐらい
変わりました。
 
 
2017年春物メンズコレクションの動画が
これです。
 
 
Gucci Spring 2017 Menswear

 
 
どうですか?
 
 
グッチというと
前のデザイナーだったトムフォードの
もっとカッコイイイメージでは
なかったでしょうか?
 
 
このコレクションでは
アレッサンドロ・ミケーレという
デザイナーが担当しています。
 
 
ご覧の通り、
バランスや組み合わせが繊細で
おかしくなる一歩手前です。
 
 
ただ着ればいい服ではありません。
 
 
高度すぎるので
一般人がこの雰囲気を取り込めるか?は
とても難しいでしょう。
 
 
しかし、私はパッと見て
「遊びたがっている」と思ったのです。
 
 
誰かに服でカッコよく見せたいのではなく
鏡の前でいろいろな古い服を合わせる
自分だけの遊びの感覚です。
 
 
そして、それが時代の気分なのかも
しれないと思いました。
 
 
以下が私が感じたチャートです。
 
 

 
 
明るく、多色でゴチャゴチャした感じ、
統一されていなくて、
まさに多種多様の個人です。
 
 
もちろんのこの感想は違うかもしれません。
 
 
ですが、
今現在の世界の動きを合わせてみると
あながち全くの
はずれでもないだろうと思うのです。
 
 
というのも、
 
 
イギリスのEU脱退投票もそうだし、
アメリカ大統領選でトランプさんが
大統領になったことを見ても
 
 
自分自身という個人に興味が
移ってきたからです。
 
 
つい最近まで話題は
世界全体のことで
地球温暖化とかエコロジーとかでした。
 
 
全体のことに意識が向くと
個人には何が起こるのか?
 
 
それは、
個人の優先度が下がるので、
社会に対しての我慢や犠牲が
個人に強いられます。
 
 
しかし、いつまでも
人間が我慢なんてできませんし、
飽きてもきたのでしょう。
 
 
だから、そろそろ
「遊びたくなってきた」のです。
 
 
そんなところに、
「あなたの不満はもっともだ。
もっと楽しい生活を!」と
言われたのですから、
乗っかるのも当然というものです。
 
 
つまり、文章の上でも
変化がこれから現れます。
 
 
個人的な遊びの要素が多くなります。
 
 
わかりやすく言えば
SNS的セルフィー(自分撮り)文章です。
 
 
「こんなことが楽しかった」
「こんなもの買った」
「こんなことあった」です。
 
 
少し前は
「そんなのほかの人が見てどうするの?」
「なぜそんなこと公開する?」でしたが、
今は、その人個人の遊びこそが
興味の中心になっています。
 
 
私は自分の興味のあることを見せたい、
興味なければ見なければいい
それが個人の遊びです。
 
 
ようは、方法やためになることは
ネットで調べればいいので、
一般化(コモディティ化)
されてしまったからです。
 
 
この前もフェイスブックを見ていたら
「カレーを作りました」と
投稿を書いている人がいました。
 
 
それに対してのコメントが
「そのカレーの写真をアップしてください」
です。
 
 
鍋にカレーが入っている写真を
見てどうなのか?と思うところですが、
 
 
個人の遊び投稿に対して
「Aさん個人」の作ったカレーを
見たい人がいるのです。
 
 
それで、
もし写真がアップされたとすれば
コメントで遊びたいわけですので、
 
 
「おいしそー」
「食べたいでーす」
みたいなことを
またコメントするのでしょう。
 
 
まさか、
「その色では煮込みが足りません
一晩寝かして、明日もう一度
写真を上げてください」とは
ならないはずです。
 
 
では、文章に
セルフィー感覚を取り入れ
遊ぶにはどうすればいいのか?
 
 
まず第一に自分の興味に興味を持つ。
そして、まじめに遊ぶ。です。
 
 
●自分の興味に興味を持つ
 
 
人の興味は一貫していないので
ドンドン移り変わります。
 
 
その対象が自分の場合であっても
意外にわかっていないものです。
 
 
なぜなら、一つのことには
時間もお金もかかるので
移り変わりの速さに追いつくのが
どうしても遅れるからです。
 
 
ですから、自分の興味の芽に
興味を持って見ていきましょう。
 
 
知るためのおすすめの方法は
瞑想です。
 
 
●マジメに遊ぶ
 
 
文章の中で遊ぶといっても
メチャクチャを書ければいいと
いうものでもなく、
別の言葉でいえば洒落みたいなものです。
 
 
粋な感じです。
 
 
ニュアンス
わかりにくいですか?
 
 
例えば、ノウハウサイトで
カレーの作り方を書くとすれば
肉と野菜を炒めて
なんとかかんとかです。
 
 
ですが、そんなのあなたの文章を
読まなくてもいいので
少し遊びます。
 
 
マジメに。
 
 
すると、例えば、
「今、私、イタリアンカレーに
ハマっています」
 
 
「今、私、中華カレーに
ハマっています」
 
 
ふざけてるでしょう?
 
 
アメリカンカレーでもいいですよ。
 
 
カレーの前に国名つけて遊んでいるのです。
 
 
(インドカレーはそのままなのでダメです)
 
 
この例えが、
粋なのかは置くとして、
 
 
つまり、あなたが楽しんで
まじめに遊んで書くことが
必要とされているのです。
 
 
もし、なんだったら
一般的なカレーの作り方と
イタリアンカレーの話、
ふたつ書けばいいわけです。
 
 
この考え方も
従来のコンセプトを立ててから
からすると遊んでいます。
 
 
コンテンツマーケティングといいますが
発信元が会社の場合と
個人の場合では
読み手の期待も変化します。
 
 
会社の場合、職種にもよりますが
やはり社会的な影響も考慮するため
 
 
ある意味、当たり障りのない
ノウハウ記事が多くなるのは
仕方ありません。
 
 
ですが、個人の場合では
あなたの遊び感覚(ユーモア感覚)が
文章の中心にあることが重要なのです。
 
 
読者は一つのことを調べるのに
ひとつのサイトしか見ないなんてことは
まずありません。
 
 
その発信者ごとに
情報への期待を変えて
読んでいきます。
 
 
それで、最初の話に戻りますが
その他人への期待が
ファッションに現れるのです。
 
 
グッチも今はこんな難しい服ですが
また、時代が変われば
誰でもそのまま着るだけで
カッコよく見える服になるでしょう。
 
 
文章でいえば、
無駄のない必要なことしか
書かれていないものです。
 
 
ですから、ファッションショーを見て
時代を変化を感じましょう。
 
 
追伸:
現在「夫のちんぽがはいらない」と
いう小説が話題になっています。
 
 
読んでいませんが
題名からしてセルフィー的です。
 
 
ただ「ちんぽ」という言葉は
語感が汚いので、
「おチンチン」のほうが
よかったと思います。

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