普通じゃないね~劣等感を遠慮する方法


 
 
今回は少し深刻な話をします。
 
 
あなたのコンプレックスは何ですか?

 
 
コンプレックスというと
言葉がキレイ過ぎて響きませんね。
 
 
あなたは他の人に比べて
何に劣等感を感じますか?
 
 
醜い容姿ですか?
ワキガでくさいことですか?
ドモリで話せないことですか?
仕事の出来る人と組まされて一日中感じる能力差ですか?
 
 
あげればいくらでも出てきます。
 
 
中にはおかしなものもあって、
太宰治なんかは、家が裕福なのが劣等感でした。
 
 
理想の平均像がイメージの中であって、
それから外れると特別、あるいは例外になります。
 
 
「劣る」とは書きますが、
「幻想の普通」にあこがれているさまが劣等感につながります。いうなれば、劣普通感です。
 
 
目玉焼きのように黄色い部分が普通地域で
白いところが非普通地域です。
 
 
というのも、思い出してもらうと
「私は優れている」よりも
「私は普通でない」のほうがより強い感情を
生むことからわかります。
 
 
たとえば、
「普通は、こうやるんだよ。」
「あなた普通じゃないね。」
「普通レベルでやってもらわないと。」
 
 
こういわれると、
とても強い反発の気持ちがふき出しますね。
 
 
私だったら
「お前なんかに言われたくないんだよ」と
すぐケンカになりますが、
 
 
もしあなたが冷静でいられるなら
お釈迦様のように悟りきっているのか?
バカか?のどちらかです。
 
 
そういわれて、冷静でいられるあなたは、
普通ではありません。
 
 
むしろ冷静であるなら、逆に回りを巻き込んで
あえて騒ぎにしたほうがいいでしょう。
 
 
そういう言い方をするやつをそのままにしておくと
あなただけではなく
他の人にも同じことが何回も起こります。
 
 
丸く治めるだけではなく、
たまに怒った振りも必要です。
 
 
ここで「あなた~じゃないね」といわれて
「お前なんかに言われたくないんだよ」と
あなたが大きく反応する言葉を思い出してみてください。
 
 
普通という言葉は形をかえて、
ある大きなグループ分けの言葉を使う場合もあります。
 
 
たとえば、
「あなた日本人じゃないね」
「日本人なら、柔道が得意でしょ。」とか、
「あなた男じゃないね」などです。
 
 
少しひねるとこんなのもあります。
「そんなんじゃ、あなた給料もらう資格ないね。」
 
 
少しわかりにくいですが、
これも「あなた~じゃないね」です。
 
 
ようは、「あなたは普通じゃないね」をいいたいがため
より具体的で身近な強い言葉に替えるんですね。
 
 
最近、あなたが怒ったことは、
いろいろ複雑な事情が関係しているとは思いますが、
つまるところ、「あなた~じゃないね」に
反応した結果に集約されると思います。
 
 
おそらく、大きなくくりで言い換えれば
「あなたは普通じゃないね」です。
 
 
では、普通ではないことが悩みの本質なのか?
 
 
というと、悩みと劣等感は近いようで少し違います。
 
 
その違いは、
悩みは「何に悩んでいるのか?わからない迷い」であり、
劣等感は「何に悩んでいるか?わかった上でどうしようもないこと」です。
 
 
ということは、劣等感は悩みに近いのではなく、
ねたみに近いのです。
 
 
悩みとねたみという言葉を並べれば、
心理的な方向が内向きなのか、外向きなのか、
その違いがわかるでしょう。
 
 
悩みは内省的で自分に向けた内向きであり、
ねたみは自分の外に向けた感情的な攻撃で外向きです。
 
 
広告を見ていると、
「あなたのこんな悩みを解決するには、これ!」式の
ものがたくさんあります。
 
 
その中から先ほどの劣等感の例も拾ってきました。
 
 
ところが解決しようとしていることは、
実は、ねたみなので劣等「感」の感じるほうです。
 
 
なのに、商品を買うと、
感じ方が変わるというのですから、少し変です。
 
 
たとえば、
摂食障害の人は、いくらやせても、
「私はやせていない」と感じるといいます。
 
 
感じ方が変わらないため、
実際の「自分の状態」と「感じ方」のバランスを
取ることが出来ないのです。
 
 
劣等感も同じです。
 
 
実際の自分の状態と感じ方のバランスが
取れない状態です。
 
 
そういうと、決まって
「気にしすぎ、気にしなければいいんだよ」と
いう人が出てくるのですが、
そうはいかないですよね。
 
 
劣等感はねたみなのですから。
 
 
「あなたは普通ではない」といわれれば、
あなたは反射的に
「普通でないことの何が悪い!」と反応するでしょう?
 
 
普通であること、あるいはないことを
「正しい」「悪い」のくくりで反論するということは、
普通は正しい、悪いで評価できることと
認めていることになります。
 
 
もしそうでなければ、
「はい」「いいえ」の答えしかないはずです。
 
 
「はい、私は普通ではありません。」
「いいえ、私は普通です。」
 
 
このように本来は
質問に対する答えは「正しい」「悪い」ではなく
「認める」「認めない」だけになります。
 
 
「あなたはモグラたたきゲームをする猫ではない」といわれて、
「モグラたたきゲームをする猫でなくて何が悪い」と
言い返したら普通じゃないですよね。
 
 
では、劣等感、つまりは劣普通感から
私たちは逃れることは出来ないのでしょうか?
 
 
完全にではないのですが、
偶然にそのヒントになる体験をしました。
 
 
それをこれからお話します。
 
 
文章の勉強をして、
このブログを続けてよんでくださっているあなたは、
気がついたかもしれませんが、
コンプレックスを強調した表現を意識的にしています。
 
 
それは、文章上の感情の落差や
私が全くの天の上の先生ではなく、
種類は違えど悩みがある少し先行した存在であるを
強調したかったからです。
 
 
その強調した私の劣等感は「頭がわるいこと」です。
実際そう思っているので、うそは言っていません。
 
 
この文章の頭のほうでも、私のコンプレックスを
感じさせるために、あなたを悪く言う表現として
お釈迦様か?バカか?と書いています。
 
 
それをいうことで私が
頭がいいことを気にする人と強調して
潜在的情報を発信しています。
 
 
しかし、だからといってあえて文章中に
「私はバカだから」ということも必要ありません。
 
 
そして、文章の内容も
いろいろなところから話を持ってきているので、
私が頭が悪いのが事実だとしても
全く私一人で考えたことではなくなっています。
 
 
なので、
ただ理屈を書いていけばいいだけのことなのですが、
感情的な中で論理が進むような文章を
書きたかったので試していました。
 
 
そうすると、何回か書いているうちに
感情に変化が現れてきたのです。
 
 
「そうでもないかも」
 
 
そんなことを思うようになってきました。
 
 
文字にして書くと、
それに対して「遠慮」するようになります。
 
 
遠慮という表現しか思いつかなかったのですが、
そうとしか言えないです。
 
 
前述の実際の「自分の状態」と「感じ方」の
バランスが取れるようになってきたのです。
 
 
「この前は、本当においしいものいただきました。
あの後、家族で取り合いになったんですよ。
ありがとうございます。」
 
 
こう言われたら、日本人であるあなたは
普通どういいますか?
 
 
「センスのいい私がデパートの地下で
選んだものです。当たり前でしょう。」
 
 
ここまで傲慢でなくても、
わざわざ出かけて時間をかけて選んだものを
そうは言わないですよね。
 
 
「いえ、いえ、
この前たまたま別の用事のついでに
急いで買ってしまって、
つまらないものでお恥ずかしかったのですが、
そういっていただけるとうれしいです。」
 
 
となりますね。
 
 
本当はそうは思っていなくても、
少し引いて答えているわけです。
 
 
劣等感についても同じようになります。
 
 
「あなたは頭よくないですね。」
「いえ、いえ、それほどでもありません。
前より、すこしは日本語が話せるようになりましたし、九九も言えるようになりました。」
 
 
変な現象ですが、
自分に遠慮するようになるのです。
 
 
「それほどでもない」ということですね。
 
 
劣等感は、
自分の状態と感情が極端に離れた状態です。
適切な評価ができないことで生じる感情です。
 
 
それをつりあわせるのは
悪い状態であっても「それほどでもない」、
いい状態であっても「それほどでもない」です。
 
 
実は「それほどでもない」が普通ということです。
 
 
ということは、
普通とは「それほどでもない」と感じていることです。
 
 
話を聞くと、世界的なスポーツ選手や、
世界的なビジネスをしている人は
ものすごい努力をしています。
 
 
しかし、本人たちがいうには普通のことだといいます。
 
 
つまり、
本人たちの中では「それほどでもない」ことなのです。
 
 
どんなにハードな毎日を送っているとしてもです。
 
 
私たちは幻想の普通を共有し、
普通が共通の価値観だと思っています。
 
 
しかし、普通とは個人的な感情のことだったのです。
 
 
先ほどの摂食障害の人も
「私はやせていない」ではなく
「私は太っている」と何かに書けば、
それを読んで「遠慮」をはじめます。
 
 
「いえ、いえ、そんな太ってるなんて。
私、30キロ切ってるし、それほどでもないです。」
 
 
つまり、感情を普通から個人に動かすことです。
 
 
「私はやせていない」の幻想の普通を基準とする
劣等感から
「私は太っている」という自己認識に基準を変えます。
 
 
そうすると、太っていることへの検証を始めます。
 
 
「私は、太っているのだろうか?」と自問を始めます。
 
 
その結果、本当に太っていれば、
体脂肪20%になるまでやせようと思うし、
そうでなければ、これ以上太らないようにします。
 
 
では、劣等感に遠慮するには
どうすればいいのでしょう。
 
 
それは、劣等感を弱めるには、日本語の特徴を使います。
 
 
日本語の特徴は、
言い切るととても強い言葉に感じます。
それがいいことでも悪いことでもです。
 
 
「あなたはいい人です」といわれれば
「いえ、いえ、それほどでも」になるし、
「あなたは悪い人です」といわれれば、
「いえ、いえ、それほどでも」になります。
 
 
そのため、
日本人はハッキリ言うのを避けようとします。
 
 
自分の考えているより
トゲトゲしく伝えたくないからです。
 
 
遠慮というのも、
その言葉の特徴から発生したことなのかもしれません。
 
 
この場合は、あえてハッキリ
あなたの劣等感を書いてみてください。
 
 
「私は、(劣っていること)です。」
 
 
それを読むと、あなたは遠慮を始めます。
「いえ、いえ、それほどでも」
 
 
それが、劣等感という
幻想の普通から遠慮する方法です。
 
 
記事内容が良かったと思われたら、
あなたの投票で
たくさんの人にこの記事を届けることが
出来ますので、
 
 
人気ブログランキングに
投票をお願いします。
(毎日1回投票出来ます。)
 
 
投票方法は、
以下の「人気ブログランキングアイコン」を
「クリック」してください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。