好きなことの見つけ方

好きなことを書いて
それが評価される。

こんないいことはありません。

ですが、そう思えないので
読者を想定して書くわけです。

そう思えない?

最近、急に
「なぜ、そう思えないのだろう?」
と考えるようになりました。

読者の反応を考えながら
書くのも結構面白いもの。

ですが、それでは
半分をどこかに置きっぱなしに
している気になります。

というのも、
好きなことを書いてみるのも
必要なのではと思うからです。

依頼されて、
調べて、まとめて、
提出。

そのような
素の自分とはちがう、
そして、制限のあるところばかりで
書いていると

「本当は違うのに」
といった後ろめたい感情を
持つようになります。

仕事といえば
仕事だからなのですが、
そこは人間ですので
気持ちが流れず詰まってしまいます。

流れずに詰まっている。

今更ながら
サラリーマンをしていた時、
おかしな気持ちになったのは
それが原因だったのではと思います。

ですから、
お通じをよくするために
自分を発散できるところを
探さなければなりません。

無料で出来るので
SNSや日記ブログでも
やってみるのが
手軽なところでしょう。

最近、流行っているというので
インスタグラムを
「どんなもんかね」
と始めてました。

あれは見ていて
「私はここにいる」を
やっているのだと思います。

インスタグラムが
フェイスブックや
ツイッターと違うのは
必ず写真が必要ということ。

つまり、
証拠写真が必要になります。

その証拠写真は
自分で見ることもできますし、
他人にもわかります。

逆に言えば
証拠写真によってしか
「私はここにいる」を
証明することはできないのです。

ところで、
「好きなこと書いてください」
と言われて、すぐ書けますか?

意外に
何も書くことがなかったりします。

「何、書こうかな」

ウーンとうなって
「そういえば、あれが好きだった。
それにするか」
ぐらいのものです。

好きなことなのに
思い出さなければ
わからない。

何事においても
好きだと思い込もうと
しているだけかもしれません。

つまり、
自分だけでは自分がわからない。

自分以外のことをすることでしか
自分がわからない。

対立軸があることで
比べるということでしか
自分という存在は確認できません。

ということは、
好きなことの見つけ方は
嫌いなことをたくさん見つければ
「それ以外」として
浮き上がってくることになります。

「それ以外」という言い方は
おかしい気もします。

しかし、
嫌いがあるからこそ
好きになったともいえるのです。

好きなことの見つけ方は、
嫌いなことの見つけ方でもあるのです。

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