役に立つ記事はその先へ

役立つ記事のその先とは?

みんなに役に立つ記事から
特定個人に役に立つ記事への
変化です。

ある仕事きっかけで
SEOについて調べました。

SEOとは、検索サイトの
検索結果の上位に表示されるための
ノウハウです。

何年か前は
よく検索されるキーワードを
記事の題名、記事内容に
散りばめることでした。

ところが、
グーグルが検索ロジックを
役に立つ記事を優先すると
発表してから状況は一変。

そのロジック変更の通り、
役立つ記事が上位を
占めるようになりました。

ですから、検索すると
似たような記事の
情報ブログが並ぶように
なっています。

内容も正解なのでしょう。

しかし、
その結果を見ていて
ふと思いました。

「みんな同じで
いつまでもこの検索結果?」

ならば、その先に行くのでは?

検索者が飽きれば
検索サイトを使ってもらえません。

使ってもらえなくては
収入である広告費が入ってきません。

だから、グーグルにしても
検索者の利便性のため
役に立つ記事を優先すると
ロジックを変えたのです。

これからお話しすることは
私の想像ですし、
裏付けもありません。

しかし、
インターネットで文章を書くにあたって
それぞれの人の優位性に
関わる妄想だと考えています。

その先とは、
より個人向けになるということです。

少し話を脱線しましょう。

妻方の親類と時々会うことが
あるのですが、
会うと食べ物の話ばかりです。

「どこの何々はどんな味だった」
「どこの何々はうまかった」
「お菓子を買うのにどこどこまで行った」

私の家族と大違いです。

うちの家族は食べ物に
興味があまりありませんので
まずそんな話題はでません。

私も一週間、
同じ食事でも
全然、大丈夫です。

多少、妻の影響もあって
変わったところもありますが、

妻が何日か用事で
家を空けて出かけるときなんて、
その間、毎日全く同じものを
食べています。

面と向かって
言いはしませんが
あちらの家族から見れば
私は変ですし、

こちらからみれば
食べ物の話しかしないって
どういうこと?となります。

これからわかるのは
人それぞれとはいうものの
自分の位置からの
人それぞれということ。

あくまで、自分が基準で
他の人が何に興味があろうが
関係ないので許そうという意味での
人それぞれです。

人それぞれとは
他人にはなれない
ということでもあります。

ここで、もとに話を戻します。

では、この二家族が同じキーワードで
検索したとしたら
求めるものは同じなのでしょうか?

当然ながら違います。

直接食べ物のことが
書いていないにしても

あちらの家族の人は
食べることに興味のある人の
書いた記事が面白いと思います。

それに対して、
私だったら音楽に興味がある人の
書いた文章に反応するでしょう。

というのも、
文章は文面に現れない書き手の
潜在的な蓄積の上澄みであるからです。

ネット上でもいいですし、
プロの作家でもいいのですが、

気に入れば、
「この人、いいなー」と思って、
続けて読んだり、
出版された書籍を集めたりします。

なのに、「なぜ、その人なの?」
あるいは、
「なぜ、他の人ではダメなの?」
と問われても
明確に答えを出すことはできません。

あなたは答えを出せますか?

出したとしても、
その答えに
私が納得することが出来ると
思いますか?

なぜ、他人に説明できないのかといえば、
結局のところ、
文面に現れないところに
引かれているからです。

文章には匂いがあるのです。

体臭です。

それに鼻を押し付けて
「これ、これ」とかぎわけて
選んでいるのではないでしょうか?

現在の検索サイトの検索基準は
「検索ユーザーの役に立つ」ですが、

その先は、
「検索ユーザーと気の合う」
になるでしょう。

役に立つと
気の合うとの違いは
「みんなの役に立つ」から
「Aさんと気の合う」の違いです。

個人情報なんて
スマホからも
パソコンからも集められています。

つまり、
これからは正解とは違う基準で
検索者と文章の書き手のマッチングが
行われることになるのです。

ですから、その先を想像すれば
大衆から個人への
検索結果の移行が
より進むと考えられます。

グーグルなどは
莫大な開発費をかけて
検索者も発信者のことも
調べています。

そして、検索者個人に対して
「誰を」紹介すればいいのかと
紹介ロジックを開発しているのです。

例えば、
Aさんの環境とBさんの環境では、

同じキーワードを入れても
検索結果が違うことが
起こるようになります。

より気の合う同志になるというわけです。

SNSと同じです。

正しい答えより
気の合う同志に出逢える方が
嬉しいでしょう?

そこで、
「書き手はどうすればいいのか?」を
考えていました。

現時点の答えは、
「楽しんで書く」
だと思います。

検索者は楽しみたいので
探して読んでいます。

だから
「楽しんで書く」です。

「そんな簡単なこと?」

簡単じゃないでしょう?

ブログ記事を書くたび
苦しんでいませんか?

苦しんでいるからこそ
このブログも読んでいるのしょう?

私はそう思うようになってから
少し楽しんで書くようにしています。
(全部は楽しんでいません)

すると、
明確にはわからないのですが、
アクセスの感じが変わってきました。

前に書いたものでも
遊びで書いたものに
アクセスが来るようになっています。

滞在時間を見ても
明らかに記事を読んでいると
思われる時間が表示されます。

数が来るよりは
読んでくれる方が
よっぽどうれしいです。

楽しんで書くとは何か?といえば、
同じ趣味の人を想定して書くことです。

その前の想定読者は
ある問題で悩んでいる人でした。

例えば、
「長文を書くにはどうすればいいの?」
に対して、その気持ちわかります、
解決するにはこうすればいいです、
といった記事を書くことでした。

しかし、今なら楽しんでいますので
会話のやりとりで
いろいろな役になって
落語みたいな話を書きます。

「整いました」みたいな感じです。

そういう書き方は
すべての人に伝わるかといえば
伝わらないでしょう。

しかし、同じ趣味の人には
楽しんでもらえると思います。

そういえば、英語で
趣味がいいことを
「Good taste」といいます。

あなたはセンスがいいですね。
といいたいなら
「You have good taste.」
です。

tasteなんて、味のことですので
日本人の感覚では
思いつきませんが
食文化が進んでいるところは
tasteにセンスを感じるのでしょう。

私は食べ物に興味がないので
味がわかりません。

人それぞれですね。

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