まわりのすべてが敵に見えるとき~50代へのメッセージ1

まわりの理解も得られず
やっていることもうまくいかない。
 
 
そんなことありませんか?
 
 
しかし、「損益分岐点」まで
そんなものです。

 
 
経営の本を見ると
「損益分岐点」というのが
あります。
 
 
「損益分岐点」とは、
収支がつり合うポイントです。
 
 
そこから売り上げが
上に行けば儲けになりますし、
下に行けば赤字転落になります。
 
 
東証一部上場の
大きな会社でもそうですから、
個人でも同じです。
 
 
個人の場合、額が小さいので
わかりにくくなってはいますが
やはり同じなのです。
 
 
まわりの理解も得られず
やっていることもうまくいかない。
 
 
もしそのように感じても
まわりは敵ではありません。
 
 
敵だと感じる原因は
信用されていないことだからです。
 
 
他人の立場になればそういうものです。
 
 
私も「がんばってますね!」ぐらい
声はかけますよ。
 
 
ですが、そうはいっても
結果が出るまで
信用なんかしていません。
 
 
巻き添え食わないように
遠巻きに見ています。
 
 
そのように「信用」とは
本人の立場からと
他人の立場からでは違ったものに
見えます。
 
 
つまり、信用にも「損益分岐点」が
あるのです。
 
 
それが何を意味するかというと
 
 
「何を」から「誰が」に
変わるポイントがある。
 
 
文章でいえば、
「何を書いている」から
「誰が書いている」に
変わる瞬間です。
 
 
村上春樹さんだったら
予約だけでベストセラー決定です。
 
 
この前、話していたら
「やればできるのに
できるまで続けないから」と聞きました。
 
 
これを(曲解かもしれませんが)
言い換えれば
「損益分岐点まで行くことができない」と
とらえることもできます。
 
 
「信用」とは他人の言葉です。
 
 
他人から見た言葉ですので
本人からは見えません。
 
 
だから、敵だとも思えるのですが、
 
 
自分と他人の立場を
いったりきたりできるバランス
の意味です。
 
 
それのバランスが取れた時が
「何を」から「誰が」になる瞬間ですし、
信用損益分岐点を越えるときです。
 
 
つまり、
あなた自身が「何を」になることです。
 
 
続けるとは現状維持ではありません。
 
 
信用損益分岐点に向かって
準備して、学習して、
訓練していくことです。
 
 
「まわりの理解も得られず
やっていることもうまくいかない。」
 
 
そう思うことも多いでしょう。
(これは実は私の話です)
 
 
私は50代で次の人生に
向かって準備しているところです。
 
 
当然、周りは冷ややかですが
私はその損益分岐点を越えられると
思って日々送っています。
 
 
そうじゃないと
やってやれないですよね。
 
 
あなたも50代なら
「老後」が見えてきたでしょう。
 
 
そのときに「何ができるか?」
 
 
そう考えることもあると思います。
 
 
シルバー人材センターに登録して
他人の家の植木を切るのも手ですが
信用される人間として
生きる道を探してみてはどうですか?
 
 
ここで気に入らない
頭にくる父親(すでに死亡)の
言葉を引用します。
 
 
「博志(私の名前)、
最初からなんでもうまくいくか?
できないのを工夫して
何とかできるようにするのが
面白いんだよ」
 
 
まわりのすべてが敵に見える。
 
 
本当でしょうか?
 
 
それは
自分自身が自分に対しての
敵だからかもしれません。
 
 
つまり、あなた自身も
あなたを信用していないのです。
 
 
 
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