「しょうがないね」と言ってほしい人

今日、あなたに聞きたいことがあります。
 
 
「ここ1年の自分の行動を振り返って
あなたは心が広い人でしたか?」
 
 
もし、あなたの心がひろく
博愛の精神の持ち主なら
これからの話を聞く必要はありません。
 
 
しかし、少しでも
欠陥があるというのなら
お付き合いください。
 
 
共感関係は、
自分にも相手にもできてこそ
できる関係です。

 
 
最近思うのが
どこでもグダグダな人はいて、
 
 
そんな人であればあるほど
「共感して欲しい」欲望が
強いことがわかりました。
 
 
「それはしょうがないね」と
言ってほしいのです。
 
 
私は神経質で気難しく、
図々しいうえに、いい加減。
 
 
仏教好きというのも
その理由は私と真逆の精神構造で
ないものがあるからです。
 
 
その私が言うのも変な話ですが、
共感は相手を見てからするべきです。
 
 
相手を見るとは、
自分を見るということです。
 
 
つまり、
自分が共感できる相手なのか
判断する必要があります。
 
 
人間は誰でも
自分のことをわかって欲しい、
認めてほしいものです。
 
 
ですから、
 
 
人間的に成長するためにも
相手の共感されたい気持ちを
理解することが重要とされます。
 
 
また、
単なる人付き合いテクニックとしても
共感は強力です。
 
 
なのですが、
 
 
相手にだけでなく
「こんなやつのことは理解したくない」と
いう自分も気持ちにも
共感して欲しいのです。
 
 
なぜならば、
共感では、自分の相手への評価を挟まず
相手を受け入れることが重要だからです。
 
 
傾聴技術では
相手に寄り添うと
表現されます。
 
 
共感とは自分を消して
相手になることなのです。
 
 
ということは、
共感する側には人格が
あってはなりません。
 
 
ところが、「こんなやつ」と
思っている間は
共感したつもりの気分になっただけで
実際にはバカにしてしまっています。
 
 
実際に、
心の中では「クズ野郎」と思いながら、
「そうだよね」なんて
気安く受け答えをします。
 
 
しかし、それは
共感の定義からすれば程遠い状態です。
 
 
つまり、共感関係には
共感される側
共感する側双方の
心の準備が必要なのです。
 
 
心の準備とは
人間としての準備のことです。
 
 
特に共感する側に求められる
人間としての準備で
「しばらくの間、相手になる」
の用意があることです。
 
 
「それはしょうがないね」と
言われたくてしょうがない人。
 
 
そいつはクズです。
 
 
今の私の人間的ステージでいえば
相手をそのように評価しながら
会話をしています。
 
 
私にはその人を
許容する準備ができていないからです。
 
 
結局、
そんな状態では共感関係は出来ません。
 
 
ですから、
 
 
相手原因ではなく、
自分原因の要因の場合、
できないことは切り落とさなければ
なりません。
 
 
「それはしょうがないね」と
言われたくてしょうがない人には、
共感できない。
 
 
そのように差別して
線引きが必要なのです。
 
 
もちろん、人間的に成長して
許容できるようになったら
その線を下げればいいです。
 
 
私のように欠陥のある人間は
少しでも自分を成長させる
付き合う相手を選ぶ必要があります。
 
 
すべての人に「いい人」には
なれないからです。
 
 
逆にすべての人に「悪い人」にも
なれません。
 
 
いい関係を保つことができる人が
必ずいるはずです。

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