転機は、すぐそこ

■悪い天気

天気が、ずっとよくありません。

私の住んでいるところは
この1ヶ月ほど、
まともに晴れた日がないのです。

グズグズとした日が続き、
やっと
「晴れたかな」
と思ったのもつかの間。

突然、真黒な雲が頭上に現れ、
どこかに逃げ込まなくては
ならないほどの大雨になります。

自然というのは
こちらの意向を
くみ取ってくれるわけでも
ありません。

なのに、
自然現象を自分に重ね合わせ、
天気を人生になぞらえる
表現の多いこと。

例えば、
「雨降って地固まる」
「止まない雨はない」
なんてよく耳にします。

なぜ、自然現象である天気と
人間である自分の転機を
重ねて見てしまうのでしょうか?

■川端康成の雪国だ

「浦島太郎を使おう」
と、ちょっとした文章の比喩にと、
少し考えていました。

閉鎖した楽園にいる間に
浦島の気持ちは楽しさから
苦しさに変わったのではないか?

その疑問を比喩として
重ね合わせて書いてみよう
としていたのです。

ところが、寝ているときも
考えていたみたいで
夢の中で映像が見えて
ひらめきました。

「浦島太郎ではなく、
川端康成の雪国だ」

川端康成の雪国は
何十年も前に読んだだけで
内容も覚えていません。

国境の長いトンネルを抜けると
そこは雪国!

のような
リゾート地の不倫話としか
思い出せませんでした。

突然のひらめきに
いつもなら
ブックオフの100円棚に
飛び込むところです。

ですが、今回ばかりは
絶対に手に入れたかったので、
地元の大きな本屋に直行して
新刊を購入しました。

■無意識的情愛

「雪国」には
筋らしい筋はありません。

抜き出して説明するとすれば、

妻子のいる資産家、島村が、
雪の降る季節の雪国に
偶然知り合った芸者の駒子に
会いに行く。

つまり、
雪国の閉ざされた
二人だけの世界で
不倫の逢瀬を重ねる物語です。

ですから、
島村、駒子の二人の
やり取りが中心に
物語は進みます。

それに加えて、
駒子のいいなずけの恋人である
葉子に島村が興味を持ち、
波乱が起こるか起こらないかが
ハラハラ要因として並列に
進行します。

私の想像ですが、

川端さんは
炎の女、葉子と
雪の女、駒子の間で
島村をムラムラさせる
構想だったのかも知れないです。

最初のシーンで
島村と葉子との
出会いを描きます。

だから、島村と葉子の関係を
描く物語なのかと思いきや、

なぜか
そのまましばらく葉子が
登場しません。

その代わりに駒子ばかりが
出てきて島村との関係が
進んでいきます。

島村と駒子の話なんだ
と考えを変えて
そのつもりで読み進めると、

中盤あたりから
急に思い出したように
葉子が現れ始めます。

それも駒子がいいなずけの
墓参りに行くと
先に葉子がいる。

駒子が葉子に
声を掛けようとすると
間に線路があって
いきなり汽車が目の前を
横切り通り抜ける。

その汽車には葉子の弟が
乗っていて、
お姉さんである葉子に
汽車から声を掛けます。

そんな
つげ義春の漫画のような
登場のさせ方です。

川端さんは書いているうちに
島村と駒子のほうが面白くなって、
葉子を置き去りにしてしまった。

しかし、冒頭書いてしまった手前、
どこかで登場させなければならない。

だから、
唐突な再登場になってしまった
ようにしか思えません。

しかし、島村と駒子が
(見方によっては)
ジャレている物語に
比重の重きを乗せたことは
大成功でした。

読んでいると
島村と駒子の間に流れる
霊気に注目させることが出来、

結果として、
読み手の感情が
引き出されたからです。

私の好きなシーンのひとつに
こんなのがあります。

目覚めた島村が伸びをすると
駒子が座っていて、
駒子の手に島村は触れてしまう。

そのまま、触っていると
芸者である駒子の手にある
三味線のバチのタコを見つけて
ふくらみに沿って撫ぜていく。

私も寝ざめにそういうことを
したことがありますし、

自分の意識しない所で
溜まっていく
無意識の情愛を感じるのです。

■出るために入る

天気はエネルギーの移動。

転機もエネルギーの移動です。

だから、転機を天気にかける
表現がたくさんあります。

今の私が「雪国」を求めて
読んだのは、
偶然ではないと思います。

私の中のエネルギーの動きに
触れるものだったから
無意識の底に沈んでいた
記憶から浮かび上がってきたのです。

転機は周りのエネルギーで
起こるのではなく
自分の中で起こるのが聴こえます。

コップがあって
そこに少しずつ
ポタリポタリと
水が注がれる。

そして、最後には
表面張力を突破して
水はコップの外に
流れ出し始めます。

準備と言い換えることも出来ますが
何かがたまっていく間に
転機は訪れません。

浦島太郎も竜宮城という箱に入り、
ずっとそこにいればいいものを
最後には帰る選択をします。

「雪国」の島村も
雪国という箱に入り、
葉子が飛び降りする最後には
自身に天の河が流れ込むような
感覚を感じます。

つまり、箱から次のフェーズへ
押し出されるのです。

「雪国」を読んで
島村と駒子の間で
行きかう気のようなものを
感じました。

そのエネルギーは
不倫がどうこうという
理屈で説明できることではなく
生命そのものかも知れません。

転機の訪れを待つというと
くじが当たったような
外部からの力で起こる
イメージがあります。

しかし、外部ではなく
その人の
内部で起こっていることで、

溜まる、
あふれる、
また、溜まる

といった
エネルギーの循環の時期を
指しているのではないでしょうか?

その過程で存在する場所が
変わっていきます。

見方を変えれば
出るために入っているのです。

もし、川端康成「雪国」が
最後の一滴なのであれば
私にも箱から出る
転機になるかもしれません。

その証拠に
「雪国」を読んでから
とても気分がいいのです。

あなたもご自分のエネルギーを
注意深く観察してください。

理屈ではない
何かのエネルギーが
動き出していることに気づきませんか?

転機とは
周りの変化に気づくことではなく、
自分の変化に気づくことです。

そんなことを
ノー天気に考えています。

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