ゴミ屋敷に住むあるじの優雅なこだわり~ゴミにもお好みのブランドがある

よくニュースでゴミ屋敷問題が取り上げられます。
 
 
面白いのが
人にはゴミにしか見えないのですが、
当の本人には宝物であることです。
 
 
腐って臭いのするものでも
「それは、いつか使うから」と言い張るのです。
 
 
いつかって、いつなんでしょうね。
 
 


 
 
他人事としてみていると
わからなくなってしまうのですが、
「いつか」ってブランドのことです。
 
 
強引過ぎます?
 
 
「いつか」は想像の状況です。
 
 
あなたが今見ているパソコンの周りは
どうなっていますか?
 
 
「いつか」使おうと思っている
書類や書籍が積み上がっていませんか?
 
 
それでなぜそこに置かれているか?というと
あなたがそこに置きたい、
移動させたくないから、そこに置いているわけです。
 
 
面倒だから置いている場合でも
腐らないようなものだからです。
 
 
もちろん、腐っていても
「いつか」食べる気があるなら
そこに置いておくでしょう。
 
 
ブランドというと
例えば、ファッションブランドとしましょう、
ファッションブランドそのものがブランドなのではなく
こちら側の問題です。
 
 
「いつか、この服を着てデートに行こう!」
「いつか、この服を着て会社に行こう!」
「いつか、ちょっとしたお呼ばれに着ていこう!」
 
 
その「いつか」が
特定できるか、できないかは別にして、
購入する時点では「想像の未来」です。
 
 
つまり、ブランドとは、
「想像の未来」を買っていることなのです。
 
 
ゴミ屋敷が私たちにわからないのは、
(わかりたくもありませんが)
その人の「想像の未来」がわからないからです。
 
 
もしかすると、ゴミ屋敷のあるじは
こんなことを想像するのかもしれません。
 
 
「田舎からブドウを送ってきた。
 
 
自分だけでは食べきれないから
ご近所に分けてあげよう。
 
 
でも、もって行く袋がないなあ。
 
 
そういえば、庭に拾ったビニール袋があった。
 
 
中に入っている『もの』を出して、
それに入れて持って行ってあげよう。
 
 
こんなこともあるから、
ああ、よかった、拾っておいて。」
 
 
ゴミ屋敷のあるじにとって、
「いつか、この服を着てデートに行こう!」と
同じぐらいワクワクする「いつか」のことなのです。
 
 
ブランドとは、対象を区別する意味で捉えがちですが
顧客から見ると、
自分の「いつか」にあるべきものなのです。
 
 
だから、「こだわる」心理が生まれます。
 
 
なぜなら、その「いつか」は想像の世界であり、
現実は想像に向かって動いていくからです。
 
 
おそらく、ゴミ屋敷を分析すれば、
あるじの好みがあるはずです。
 
 
それは、拾う時点で
ワクワクする「いつか」状況を想像しているからです。
 
 
実は「いつか」だけではなく、
「そのとき」も想像の世界にいます。
 
 
ブランドの服を着て歩いたとしても
自分を見ることはできないので
想像するしかないからです。
 
 
他人から見ると、
あなたに似合わないゴミファッションを
身に着けているのかも?ですよ。
 
 
 
 
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