「心」という言葉を使うな


 
 
「心」は美しい言葉です。
反面、誤解を生み、とても危険な言葉です。

 
 
それを避けるため
「心」という言葉を使わない文章を書きましょう。
 
 
そうすると、逆に「心のこもった」文章になります。
 
 
「心を伝える」「心に触れる」「真心で」など
誠意を表したいときに
「心」という言葉がよく使われます。
 
 
この前、新聞の折込に
老人向けの宅配弁当の広告がありました。
 
 
それにも、最後には
「心をこめておつくりしています。」と
書かれていました。
 
 
しかし、「心をこめた」とはどういうことなのか?は
説明されていませんでした。
 
 
そもそも書き手の考えている「心」とは何か?
「何を」「どうする」と心にこめたことになるのか?
 
 
もしかすると、宅配の弁当屋に聞けば
「弁当は、心です。」というかもしれません。
 
 
しかし、そんなことなら、
いっそ使わないほうがいいと思いませんか?
 
 
読み手はそれを読んだだけで
「食べている人が『おいしい』といってくれるのを
考えながら、作っているのだろうな」と思い描きます。
 
 
すべての解釈を読み手にゆだね
「ご想像にお任せします」なのです。
 
 
そうでなければ「よきにはからえ」です。
 
 
心という言葉を使うときには
読み手の想像に「頼っています」。
 
 
つまり、
伝えたいこともなく
何も書いていないことになります。
 
 
それでいて、
「いいこと書いた」みたいな気持になってしまいます。
 
 
これではヤクザがお金を脅し取るときの
「誠意を見せろ」と同じです。
 
 
「誠意を見せろ」と言っただけで
「相手が勝手にお金を出してきた」と
あなたは言っているからです。
 
 
では一体、心とは何なのでしょうか?
 
 
今のところ、いろいろな本を読んだり
自分や他人を見ていると、
心とは、「人間関係」のことです。
 
 
つまり、他人との関わりあいを前提した言葉であり、
一人だけで成立するものではありません。
 
 
さらにそれだけではなく、思考の上での
考えていること、感じていること、
それに加えて行動すること(や経験したこと)など
とても広い意味を含んでいる言葉です。
 
 
それからわかるのは、
「心」とは意味を超えた感覚に近く
意味が特定できない全部を含んだ
「範囲」をあらわすものです。
 
 
心とは、人間関係の範囲をあらわします。
 
 
例えば、「東京都」とか「日本」のように
誰も知っているけれど特定できないものです。
 
 
東京といえば、高層ビル群や繁華街を思い浮かべますが
電車に乗って1時間もすれば高尾山があります。
 
 
そこも東京都です。
 
 
つまり、あなた自身を超えた世界も
「心」というわけです。
 
 
あなた自身を超えた世界とは
他人の世界ですよね。
 
 
「思考」と「心」の違いとは
「思考」は個人のことであり、
「心」とは集団のことです。
 
 
そのため、「心」という言葉を使うと
「読者の厚意」に依存する文章になってしまいます。
 
 
読者の世界を勝手に借用して
文章を書いていることになります。
 
 
したがって、
文章には「心」という言葉を使ってはいけません。
 
 
「心」を使わない縛りをあなた自身に課すと
別の言葉を探すことになるでしょう。
 
 
調べたり、考えたり、整理したり、
面倒な「自分自身に問う作業」もあります。
 
 
しかし、それが「あなたの文章」です。
 
 
その文章こそが、あなたから読者への
「心のこもった」贈り物なのです。
 
 
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