センスに責任はない

あなたはユーモアのセンスが
あるほうですか?
 
 
私は全くなくて
冗談を思いつくことが
できません。
 
 
ですから、今まで
パーティーで大ウケしたり
ないわけです。
 
 
ですが、かといって
自分のユーモアセンスを恨んでも
仕方がありません。
 
 
実は、もっと切実な問題があります。
 
 
文章のセンスもないのです。

 
 
センスって、おかしなもので
センスのあることはわからないのに
センスのないことはすぐわかります。
 
 
というのも、本人から見たセンスと
他人からセンスには違いがあるからです。
 
 
本人からすれば、
いい思い付きがあると
「オレって、センスあるー!」と
自分の才能を感じます。
 
 
ところが他人から見た
センスの良さとは
その人の世界があるか?です。
 
 
苦労して考えたなどのように
個人個別のことより
他人からのほうがより全体が見えます。
 
 
その世界観なりが
ギュッと凝縮されはじめると
センスを感じるようになり
「この人いいな」と思いはじめるのです。
 
 
もしあなたが
自分自身のセンスがどうこうと思うのなら、
他人からセンスがどう見えているのか?
 
 
それが重要です。
 
 
現在(2016年10月)
東京都の築地市場に変わる豊洲市場で
誰もが知らない地下空間について
問題になっています。
 
 
軍事目的だったとか、
地震が起こった時に政府関係者だけが
避難するシェルターだったとか、
そういうことならまだいいのですが、
 
 
本当に誰だ承認したのか?、
いつの間に作られたのか?わかりません。
 
 
この話を聞いたとき
「役人てユーモアセンスあるなー」と
思いました。
 
 
うまく全体で責任を薄めて
物事を決めることで
誰のせいにもならず
誰もが予算を取ることができるからです。
 
 
縦割り行政だったから
誰がやったか
よくわからないも面白い理屈です。
 
 
縦割り行政なら
逆に責任の所在がどこか
特定しやすいはず。
 
 
つまり、むしろ縦割りどころか
横の連携がバッチリとれているのです。
 
 
だから、同じセンスの串を横刺しすることで
「役人世界」がうまく表現されていて
話を聞いていると面白くて
ユーモアのセンスを感じます。
 
 
もしあなた自身にセンスがないなと
感じるのなら、
3つ考えることがあります。
 
 
それはまず、
●本人と他人のセンスの感じ方は
違うということ。
 
 
次に、
●自分の感じる思い付きのセンスから
世界観のセンスに視点を変えること。
 
 
最後に、
●センスがないと悩んだからといって
やめないでしょう?
です。
 
 
それもネタにすればいいのです。
 
 
結局センスには責任はありません。
 
 
あるとすれば、
あなたの世界観がないのです。

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