慣れとお茶の子さいさいの間

■ウッ、違和感

「スッと、言葉が出てこない」

しばらくぶりに
長い文章を書くと
違和感ありませんか?

しかし、その違和感。

とても重要です。

重要というより
慣れに気づくチャンスです。

■生き埋めエッセイ見つかる

部屋を片付けていると
角田光代さんのエッセイ集
「月夜の散歩」を見つけました。

このエッセイ集は
「オレンジページ」という
雑誌の連載エッセイです。

なんと10年以上続いている
連載なのだそうですが、

その連載エッセイを
期間ごとにまとめて
書籍にしたものの中の1冊です。

(「~の散歩」という題で
他に何冊もあります)

オレンジページは
主婦向け生活雑誌いうのでしょうか、

料理を中心に
生活の知恵、ファッション、
健康、家族に関することなどを
紹介しています。

そんな内容の雑誌ですので、

エッセイも
食事にまつわる話からはじまり、

30代40代女性が
日常感じているわだかまりを
吐露(とろ)する内容に
なっています。

想定読者が決まっていて、
文章の長さも決まっていて、
内容もある程度範囲があり、
文章の軽さ度合いも決まっている。

なぜ、こんなギチギチとした
条件だらけの文章を
10年以上続けられるのか?

雑誌のエッセイは
ひとつの話だけでは
わかりませんが、

書籍にまとめられたものを読むと
わかります。

それはパターン化されているからです。

■パターンでない?

オレンジページでの連載は
モノクロの1ページ。

文字数を数えると
1300~1600ぐらいなので、
余白を入れて
原稿用紙4~5枚ぐらいでしょう。

(編集されている可能性もあるので
もとは原稿用紙10枚ぐらいかも
しれません)

構成は、

●最初に導入部が200字ぐらい。

●次に身の回りの事件や
一般論を500字ぐらい。

●それから、そこまでの話を
「しかし」「だから」
「そういえば」と
ひっくり返すのに500字ぐらい。

●最後に、残りの文字数をつかって
30代40代女性の気持ちをつづり、

終わりの2、3行で
エッセイ特有の読後感を高める
オチをつける。

典型的な起承転結パターンです。

内容も最後の部分をアイデアとして
さかのぼるように
他の部分も書いていると思います。

角田光代さんの作品を
アマゾンで検索してください。

膨大な数の仕事を
こなしているがわかります。

その中での
雑誌の軽いエッセイの連載は
パターン化が必要です。

おそらく、
作品として書いている文章と
仕事として書いている文章では
パターン化度合いを
変えているはずです。

ですが、
これは慣れではありません。

■自動筆記人間

毎日、何行かは
私は文章を書きます。

しかし、
書くことの内容を調べていたり
どうやってまとめるかを
考えていると、

まとまった長さの文章を
書かない期間があります。

それで、
書けるぐらい
まとまったところで、

設計図を見ながら
文章を書き始めてみると
何か変。

もともと書くのは遅いのですが、

遅い私がさらに
「おかしい」
と思うのです。

遅くて、おかしいですから
収拾がつきません。

しかたなく、違和感を感じながら
そのまま書き続けていると
徐々に勘が戻ってきます。

戻ったところで
先に書いたところに戻り
書き直しをします。

そんな時、思うのが

「考えて書いていたのではなく
慣れで書いていた?」

です。

■習うより慣れ化

「上達するとは何か?」
と考えると、

何回も繰り返し訓練することで
思い描いたことができるように
コントロール力を高めることです。

パターン化を学ぶ
といってもいいでしょう。

しかし、思い描いたことが
できるようになるとは、
自分の思い描いたことしかできない
慣れ化する危険もあります。

その慣れ化とは
出来上がるまでの経過も
慣れ化ですし、
出来上がった結果も慣れ化です。

人間なのに
同じものを作る
流れ作業の工場に
なってしまうのです。

今のご時世から言えば
工場のような人間が
人間らしいのかもしれませんが、

それとは、一線を画した
いちいち考えてから作るのが
理想です。

あなたもそうではありませんか?

■前のアレ

「習うより慣れよ」
という言葉の通り、

他人から教えてもらうより、

自分から経験したり
研究したことのほうが、

対象となる技術や知識は
身につきます。

その反面、
身についたところで
その人の「クセ」となり
慣れ化していきます。

では、前述した
角田光代さんの「月夜の散歩」は
慣れ化の結果であり、
なれ合いグダグダなのでしょうか?

むしろ逆です。

慣れ化を嫌って戦っています。

というのも、
内容がパターンを
乗り越えているからです。

想定読者、文章の長さ、
内容も決まっている。

おそらく仕事効率化のため
話の作り方もパターン化
されているはずです。

しかし、内容については
毎回いちから作っている。

だから
「前のアレ」
みたいなところがありません。

これは慣れ化と戦うための
プロのヒントです。

■慣れに頼るのは簡単すぎない?

何事も上達するにつれて
その分野での得意なことも出来、
パターン化もされていきます。

それがいい意味では、
独自の個性となり
強みになります。

しかし、その一方、
悪い意味では、

「慣れ」「クセ」に頼る
コンビニ人間に
なってしまいかねないのです。

そのために時々感じる
「何か違うぞ」という違和感に
敏感になることが重要です。

また、簡単にできることを
「お茶の子さいさい」
「朝飯前」
などと表現します。

これにも違和感を感じてください。

簡単に行かないのも
簡単に行き過ぎるのも
「慣れ」「クセ」に
頼った結果だからです。

つまり、
簡単に行かないのは
「慣れ」を
忘れてしまったからであり、

簡単に行き過ぎたのは
あなたのスキルからすると
内容が低いか、
あるいは、前にしたことです。

確かに楽に早く終わると
うれしいものです。

「すごいな、オレって」
と自分の才能に
酔いしれるかもしれません。

しかし、それは
「もっとできる」伸びしろの
余地があることが見えていないのです。

そう疑ってみないと
知らないうちに
ありきたりに陥ってしまいます。

この文章も当初の予定では
「慣れはよくない」が
結論でした。

朝起きて、
思いついて書いたら
本当に「朝飯前」に
文章ができてしまいました。

しかし、その時
「簡単すぎない?」と
違和感を感じたのです。

■その都度、考える

文章を読み直すと、
もう一歩踏み込むべきだと
わかりました。

「慣れは悪」は
よくある話です。

しかも思いつきレベルの
アイデア。

なので

「上達すると慣れたり、
自分なりのパターンができる。

では、慣れが悪なら
どうすればいいのか?」

そこで何日間か
しばらく考えていたのですが、

部屋の整理の際、
見つけたのが
角田さんのエッセイでした。

そこには自らのパターンと
戦う文章がありました。

(戦うといっても
潜在的なところのことです)

角田さんのしているのは、
「大まかな構成はパターン化」、

内容は
「その都度、考える」
です。

内容から「その都度、考える」が
なぜわかるかというと、

前述したパターンの2番目にあたる
事件の部分に対して

「ああかもしれない
こうかもしれない」

と思いを巡らしているからです。

雑誌連載で納期のある仕事です。

ですが、急いでいるとはいえ、
考えているふりを
文章に起こしているようには
思えません。

それなりに時間をかけて
考えている様子がうかがえます。

■若く見えるのは

長い連載ですので
似たような話もあったでしょう。

しかし、その都度
最初のように
内容に思いを巡らす。

それが、
パターンを超える
内容であり、

新鮮さを保ちながら
10年以上続く連載の
秘訣なのでしょう。

慣れ化に対抗するには
●違和感に敏感になる
●訓練による自分のパターンをつくる
●パターン化の中の
内容は一から考える

すべてを全く知らない人のように
考えるのは無理です。

ですが、
思いを巡らす部分は
必ず必要です。

例えば、
今までに書いたことのない
話題だとしても、

「前のアレ」みたいに書こう
と思ったとたん、
それはなれ合いに転落します。

逆に何回も同じ話をしたとしても
毎回、内容を考えれば
慣れ化から
化けて変わるでしょう。

朝飯前に
お茶の子さいさいと
片付けることができた。

しかし、それは器を
並べただけなのかもしれません。

よく見ると
読者の食べるものは
何もないのです。

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