経済学は「追っかけミーハー」だった~では文章はどうなのか?


 
 
今日(2015/06/22)の日経新聞を読んでいると
経済学とは「現実分析」のためのものである主旨の
記事が書かれていました。
 
 
池上彰さんの記事です。
 
 
これって文章にも使えると思いました。
そして、非常に面白い視点です。

 
 
というのも、
経済学の今までのかたくななテーマは
「人間の行動とは何か?」だったからです。
 
 
つまり、現実という変化するものに対して
原理となるものがある。
 
 
それは、「経済行動」、
簡単に言えば
「交換行動」であるとしていたのです。
 
 
そして、交換行動はお金が間に入ることで
「売り」「買い」の売買行動と名前を変えました。
 
 
それで、話を戻すと
その売買行動のバランスを変えるための理屈が
経済学だったのです。
 
 
例えば、アダムスミスの「第二」に重要なことは
生産者が個人から集団(分業)になることで
より多くの労働者に賃金が分配され、
商品の供給量が増える。
 
 
すると、「買い」が広くある状態で
全体としては「売り」が多い状態を
作ることが出来、
売買バランスに変化を与えることになり
大量の商品価格が下がる。
 
 
そのことで、貧困者にも商品が行き渡るようになる。
 
 
だから、貧困者救済のためには
集団(分業)による経済拡大が必要だとしました。
 
 
ひいてはそれが国力(国富)になるとも言いました。
 
 
(後で、このシステム化が次の問題となります。
マルクスはそこで登場します。)
 
 
ケインズは買い側に「国」が需要者として
参加することで、
スミスとは逆の現象がである「買い」を増やし
価格が上昇させることが出来るとしました。
 
 
このように売買バランスを変える理屈が経済学でした。
 
 
ところが、
池上彰さんの記事では別視点が書かれています。
 
 
アダムスミスの時代の「貧困」、
ケインズの時代の「恐慌」を問題テーマであると
分析したのが経済学であるとしたのです。
 
 
簡単にいれば、
グラフから買い、売り、の需給関係をみて
「貧困」「恐慌」がわかり、
 
 
それに対応するために
処方箋となる理屈を作ったということです。
 
 
最近話題のピケティは
データを見て「格差」が問題だとしました。
 
 
その処方箋となる理屈が
現在ベストセラーになっているわけです。
 
 
(私は解説本を少し見ましたが
よくわかりませんでした。)
 
 
ということは、経済学は経済の「追っかけ」であり
「ミーハー」です。
 
 
好きな芸能人のブログを見て
 
 
「今日の晩御飯、牛丼食べたんだ。
じゃあ、私もそれにする。」
 
 
そんな感じです。
 
 
この心理のどこに「自分」はいるのでしょうか?
 
 
経済の話で言えば、
経済学者という「自分」はどこにいるのでしょうか?
 
 
ひいては、
文章を書く「あなた」はどこにいるのでしょうか?
 
 
また、次回に続きます。
 
 
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