「教えてもらおう」から入ると、かなりヤバイ

今回は
効果的な教わり方の話をしましょう。
 
 
最も効果的な教わり方、
それは「使う」から考えることです。
 
 
教わるというと学校。
 
 
中学高校のことを思い出すと
ひどかったです。
 
 
授業中は
ほとんど寝てました。
 
 
あれって、なぜですかね。
 
 
横になって寝ていると
なんでもないのですが、
座った状態で居眠りしていると
途中で絶対ケイレンします。
 
 
「ビクッ」
 
 
1回ならまだしも
 
 
「ビクッ、ビクッ」
 
 
2回ぐらい来る時があります。
 
 
急に体が跳ね上がり、
机を蹴っ飛ばしたり
椅子も大きく動かしてしまいます。
 
 
それで「ガッチャーン」と
大きな音が立つので
周りにも気づかれて
恥ずかしい思いをしました。
 
 
そういう時は朝立ちならぬ
昼立ちしているものなので
余計気まずかったりします。
 
 
(まあ、私のクラスは
周りもそうだったのですが)
 
 
教わるというと
そんな学校の授業ですが、
あなたはその内容を覚えていますか?
 
 
寝ていた私は当然ですが
普通でも覚えていないものです。
 
 
というのも、学校の授業ですることは
「教養」の勉強だからです。
 
 
ですから、今すぐ何か
成果物を作りだすための
ものではありません。
 
 
たしかに、
その時の「教わる」は
その後の進路を決めることに
なるかもしれないし、
 
 
ものの考え方に影響するので
とても重要です。
 
 
しかし、
「今すぐ」必要というわけでは
ありません。
 
 
体の中に蓄積されて
溜まっていくものです。
 
 
それで「いつか」
「そういえば聞いたことある」と
思い出したりします。
 
 
だから、授業でどんなことが
あったかを思い出せなくても
全く問題ありません。
 
 
学校の授業は
後になってわかる「教養」の勉強です。
 
 
それに対して、
自分から積極的に習得したいと
関わる場合の「教わる」は
「今すぐ」の欲求が強いでしょう。
 
 
自分の興味はわかっている。
 
 
「今すぐ、知りたい」
「今すぐ、できるようになりたい」
「今すぐ、上達したい」
 
 
できるようになったら
どんなになるか
想像すると興奮してくる。
 
 
周りのだれからも
「すごいね!」と称賛を受けて
それこそ有頂天の気分になる。
 
 
前のめりになって、
どうしても欲しい状態です。
 
 
だから、「今すぐ」なのです。
 
 
ですが、学校での
「教養」の勉強の仕方に
慣れている私たちは
 
 
「今すぐ」に対しても
同じように
「いつか」役に立つかもしれない
教養勉強方法をしてしまいます。
 
 
実は「教わる」の言葉には
「教えを受ける」
修行のニュアンスが含まれています。
 
 
先生(または師匠)から教わり切って
免許皆伝、やっとそれを使ってもいいと
お許しを得るイメージです。
 
 
ですから、
「教わる」という言葉を使うと、
その言葉に縛られてしまうのです。
 
 
なぜなら、自ら「教わる」と
言ってしまっているため、
先生に対して
依存的になってしまうからです。
 
 
私の経験を話すと
この前気づいたことが
 
 
教わる気持ちが強いと
「これが終わってから」
「これが終わらなくては」
「次に行けない」がとても多くなります。
 
 
「これじゃ、ダメだ」と思う反面、
やはり終わらせて先に進みたいのも
心情としてあって、葛藤します。
 
 
並列に考えればいいのに
順序が気になって
仕方なくなってくるのです。
 
 
それは、
「教わる」という言葉が頭あるため
知らず知らず「先生の言う通り」依存に
なってしまっているからです。
 
 
あなたにも経験があると思いますが
「先生の言う通り」しないと
裏切った気持ちになるのも
そのためです。
 
 
(この良心の呵責を使った
マインドコントロールテクニックが
あるぐらいです。
 
 
この気持ちを感じた時は、
ほかの選択肢が
消されていることになりますので
結構強力な依存状態になっています。)
 
 
では、どうすればいいのか?
 
 
●「教わる」という言葉を使うのを止め、
代わりに「使う」という言葉を使う。
 
 
「教わる」は受け身な言葉。
 
 
実際に教えているのは誰かといえば、
先生(または何かのカリキュラム)です。
 
 
この先生主体の言葉を
あなた主体に変えるには
「使う」という言葉を使います。
 
 
そうすると、
「先生は教える」から
「私は使う」になります。
 
 
すると、一旦依存関係を
断ち切ることができます。
 
 
先生が頭の中に持っている
問題に関しての構造認識や関係は
先に丸ごと学ぶことは必要ですが、
 
 
あなたが使うと意識を変えれば
先生からの教えは資源になります。
 
 
そして、目的が修行から
あなたが行動するためと変わります。
 
 
その行動をするために
資源を使うとなるわけです。
 
 
その考えであれば、
全部を習いきっていなくても
今すぐ行動することができます。
 
 
自分を主体にすることで
「教えてもらっていないから動けない」
という言い訳を
排除しなくてはならないのです。
 
 
「教えてもらおう」はすばらしいことです。
 
 
知らないことは
教えてもらった方が早いし、
間違いケースも知ることができるでしょう。
 
 
しかし、その反面
かえって足かせになる場合もあります。
 
 
それを避けるために
「私が使う」と自分を基準にしましょう。
 
 
「教えてもらおう」から入ると
他人依存になってしまうので
かなりヤバイです。
 
 
 
 
記事内容が「よかった」と思われたら、
人気ブログランキングに
投票をお願いします。
(1日1回投票出来ます。)
 
 
投票方法は、
以下の「人気ブログランキングアイコン」を
「クリック」してください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です