文章に深みを出す3つの感情の使い方

「小説での感動は作りもの」

そう言われたら、
どう思いますか?

現実をモデルにしているにしても
やはり小説は作者の作り話です。

「まあ、そうだろうな」
と大体、同意されるでしょう。

では、
「なぜ感動を
作りだすことができるのか?」
と聞かれたらどうでしょう。

答えに詰まるのではないでしょうか。

答えは、
文章に深みがあるため
読み手を引き込むことが
できるからです。

「文章の深み?」

そうです。
今回は文章の深みの出し方が
テーマです。

まず、
あるエッセイの一部を紹介します。

すこし長め
(800字ぐらい)ですが、
読んでみてください。

(都合により
改行位置を変えています)

●向田邦子(著)
「無名仮名名人名簿(文春文庫刊)」
から「天の網」の一部引用

—————————-
「天網恢恢疎にして漏らさず」という。

老子のおことばで、天の法律は
広大で目が粗いようだが、
悪人は漏らさずこれを捕える、
という意味だということを、
たしか女学校のとき習ったようだが、

どうも私はこの天の網に
すぐ引っかかるように
出来ているらしい。

就職をして、
最初の締切、残業のときに、
私は編集長に嘘を言って早く帰った。

小さな出版社で、編集部といっても
四人か五人であったから、
それこそ深夜まで居残って
割付けをしなくてはならなかった。

私はその晩、
男友達に芝居をさそわれていた。
どうしてもゆきたくて、
新入社員の分際で怠けたのである。

ところが、
芝居が終ってあかりがついたら、
すぐ横に社長が座っていた。

ついこの間、
面接をしたばかりの社長である。

具合の悪いことに、
その日の夕方に、

「はじめての締め切りだな。
夜遅くなって、
うちの方は大丈夫なの?」

などと、御下問を賜ったばかりである。

逃げもかくれも出来ない。
私は、黙って最敬礼をした。
社長は、少し笑って、
何も言わずに出て行った。

男友達に事情をはなしながら、
近所のおいしいという
評判のコーヒー屋に入り、
坐りかけたら、友達が私を突つく。

奥まった席に社長が坐っていた。

このとき、社長は、
大きな声で実に明るく吐笑した。

今更出ることもならず、
私たちは入り口の席に腰をおろした。

社長は、私たちの分も料金を払い、
笑いながら、私の頭を
拳骨で小突く真似をして出ていった。

私はこのあと九年間勤めたが、
社長はこの夜のことを、
編集長にも誰にも話さずに
いたようである。

小さい出版社の苦しい時期であり、
正直いって月給も高いとは
いえなかったが、

これだけ長く勤めた原因のひとつは、
あの夜の社長の笑い顔だったかも
知れない。

それにしても、
私はよくこういう網にひっかかる。

—————————-

どうでしょうか?

たった800字余りの文章なのに、

文章の中の世界に
一瞬入り込んでしまって、
人相の書かれていない社長の顔さえ
見えてきませんでしたか?

「笑いながら、
私の頭を拳骨で小突く真似をして
出ていった」の場面なんて

社長が帰り際、
入り口近くに座っている
向田さんを

こぶしに「ハーっ」と
息を吹きかけて
殴るマネしている、

それを「キャッ」みたいな表情で
肩をすぼめて
少し逃げる向田さんが
その場にいるように見えてきます。

そして、その二人のやり取りから
読み手は自然に微笑んでしまう。

これが文章の深みです。

読み手は理解を超えて
感じています。

では、感じさせるほどの
文章の深みの秘密を
方法にまとめてみましょう。

それは、
「3つの感情を同時に書く」
こと。

この話は、
向田さんが映画雑誌の編集部に
勤めていた時のことを思い出して
書いています。

お年頃ですから
そりゃ男友達とるでしょうと
いうことなのですが、

(男友達と表現されていますが
彼氏かも知れません。
ここは、余計な勘繰りはせず
文章通り友達としましょう)

この状況をすこしまとめると

●向田さん22才ぐらい
●転職したばかり
●面接官は社長
●編集部は5人ぐらい
●今日は就職してから
初の締め切り。残業やむなし
●編集長にウソをついている
●同日、男友達に芝居に誘われている

この状況の中で
3つの感情が交錯します。

●ウソをついている後ろめたさ
●ズルをしている快感
●新人であるがゆえの
必要にされていない感

もし、この時点で向田さんが
新人ではなく、中堅で
編集部の中心となる
仕事をしていたのだとすれば、

おそらく、男友達の方には
行かなかったのでは
ないでしょうか?

同じ編集部だから
同じように残業には付き合うけれど
新人の自分はいてもいなくても
他のメンバーだけでも仕事は回る。

その向田さんの感じている
自分に対しての無力感をベースに

他の
「だけど、私は何もできないけれど
ウソをついて
遊んでいるのはメンバーに申し訳ない。
ごめん」

「とはいうものの、
いてもいなくても同じだし、
自分だけ、男友達と芝居に行って、
たっのしー」

の気持ちが
天秤の両方に乗っていて
ギッタンバッタン上下しています。

こういうことは
私たちにもよくあって
だからこそ、感情を感じるまで
いくのですが、

まず、重要なところで
この3つの感情を感じているのは
ひとりだけということです。

ひとりだけが感じているので
読み手は感情移入できます。

もし、
俯瞰した解説者みたいな人が
登場して、

「ここで説明しよう」

なんてやりだすと
読み手は感情移入できないので、
理解するまででで
止まってしまいます。

その先に行けないのです。

だから、この文章は
すべて向田さんの視線から
書かれています。

ということは、
向田さんは自分以外の他人の
感情はわかりません。

現実もそういうものでしょう?

川崎麻世も同じだと思いますが
私も一緒に住んでいる
妻の気持ちさえもわかりません。

とにかく、
ひとりで3つの感情を
感じていることで
読み手を集中させることができます。

そこで、その3つの感情を
解決してくれる、

別の言い方をすれば
並行して走っている3つの感情を
整理してくれる人物が現れます。

そうです。社長です。

「はじめての締め切りだな。
夜遅くなって、
うちの方は大丈夫なの?」

と声をかけてくれたり、

芝居のところでズルしたのを
見抜かれてしまったのに
さらに喫茶店でダベるところを
見られてしまった。

でも、
「このとき、社長は、
大きな声で実に明るく吐笑した」

そして、その後です。

「笑いながら、
私の頭を拳骨で小突く真似をして
出ていった」

この冗談に向田さんは
救われた、
許された、
(存在を)認められた、
どの感情なのかはわかりませんが

(おそらく認められた
だと思いますが)

自分の無力感に対して
解決を感じたのです。

だからこそ、

「これだけ長く勤めた
原因のひとつは、
あの夜の社長の笑い顔だったかも
知れない」と思い、

自分がいることを認めてくれた
社長のところで
9年も働くことになりました。

その後のシナリオライターの
キャリアからすれば
この9年間は下手すると
チャンスを逃すことに
なったかもしれません。

でも、とどまった。

それだけ彼女にとって
インパクトのある
救われたと感じる出来事だったからです。

文章の深みの構図は、

ベース感情がひとつに
それに付随する
不安定要素の感情がふたつ。

これで3つの感情です。

そして、3つの感情を
包み込んで解決することが起こる話。

とりわけ、
ベース感情を解決することです。

それが文章の深みの方程式です。

そのベース感情は
読み手が感じていることであれば
特に効果的です。

「自分だけが●●だ」みたいなことで

この時の向田さんは
「自分だけが戦力になっていない」です。

他には、
「自分だけが疎外されている」とか
「自分だけが老けている」とか
「自分だけがついていない」など
自分だけが感じていることです。

なぜ、3つなのかといえば、
自分を忘れて没頭するのに
ちょうどいいからです。

自分の無力感を感じながら
他の編集部員に申し訳ない
でも男友達と芝居も楽しい。
と主人公は感じているんだな

ぐらいだったら、
読み手は頭の中で
書き手の感情を並走させながら
読むことができます。

しかし、
自分を考える余裕までありませんので
自分を忘れられます。

だから、ちょうどいいです。

3つ以上では
複雑になりすぎ
読み手は理解できないため、
理解するだけで
オーバーフローします。

(オーバーフローとは
いっぱいいっぱいになること)

例えば、この話に加えて
編集部員の誰々に対しての
感情を書いてしまうと
設定を覚えているだけで
終わってしまいます。

ですから、メンバー代表として
編集長のことしか書いていません。

かといって、3つ以下では
自分のことを考える余裕が残るので
自分を忘れられず
話に没頭することができません。

こちらも言葉を変えれば
部外者として
冷静でいられるということです。

だから、
文章の深みを出すには
3つ感情を並走させることが
必要です。

つまり、老子の言う通り
3つの感情が
「天網恢恢疎にして漏らさず」
の天の網となるのです。





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